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バレエ教室のささやかな出来事
Kawazoe Ballet OB会
2013年09月08日 (日) | 編集 |
1979年KAWAZOE BALLET
今から27年前まで、毎日毎日2時間近くの道のりを通っていた、
福岡市の南薬院にある「福岡シティ川副バレエ学苑」
私が、川副先生のアシスタントをさせていただいて
いたころに、恩師が未来を期待していた小学高学年
くらいだった子たちが、〈Kawazoe Ballet OB会〉を
立ち上げてくれた。
とっても優秀で小さなバレリーナを絵にかいたような
美しい子たちだった。
私たちは恩師から、バレエの基礎や礼儀を、子供の頃から
とっても厳しく躾けられた。
懐かしいバレエ学苑の想い出は、辛かったこともたっくさん
あるけど、、今では、その経験のすべてが、この世界で
生かしていただいている私たちの大きな財産になっている。
これから懐かしい人たちと会う機会ができることが嬉しい。



学苑は私たちの特別な場所で、もう一つの実家のようなところだ。
ただ、私のように生徒の方に歩み寄って世話をしまくるような、
甘い先生では無かった恩師の下は、いったん離れたら簡単には
敷居をまたぐなんて出来なかった。。
当時の恩師の心の中、私たち生徒には本当のところは分からない
のだけど、こんな恩師の厳しさから、自分一人の力では一歩も先には
進めないこの厳しい世界で、手を差し伸べて下さる方の有難さ、
温かさ、ただ受け身でいることの愚かさ、そのことに気づくことの
大切さを学ばせてもらった。
背中を向ける厳しい恩師に、逃げずに自分から向かって行くように、
「筋を通すことを知らないなら、一切応援は出来ないぞ!」と、諭し、
背中を押してくれたYOKOI氏。
どんな世界でも、人の中で生きていくという道理を教えてもらった。



バレエ学苑の舞台前の帰りは、いつも最終バスも出てしまった深夜。
仕事で疲れているのに迎えに来てくれる父の横で、ご機嫌をとりながら
身を縮めていた日も多かった。
父の機嫌が本当に悪くて迎えに来てくれない日は、母が
タクシー代を握って玄関で寝ていた。。
申し訳なくてちょっと辛かったけど、恩師が見せてくれるバレエの世界に
興奮と感動を覚えてしまって、、
もう歯止めがきかなくなっていたのだ(~_~メ)

でも、つい先日、母から当時の思いを聞かされた。。
子供のころ、厳しすぎる稽古が辛いと言ってしまった私に、母は、
「あんたは良い経験させてもらっとうねぇ。感謝せんといかんよ。
 でも、そんなに辛いなら辞めてくれた方がお母さんは嬉しいよ。」
こんなことを言われて、それ以来、母の前では愚痴なんて
言えなくなってしまったのを思い出した。。
年に何度も舞台があり、親としてはかなり大変だったと思うの
だけど、馬鹿な娘が、こんなに呆れるくらいに夢中になって
いるのだから、川副先生を信じたのだそうだ。
母から聞かされると、やっぱり恩師はすごいな、、、と思う。
私も、もっと、もっと頑張らなくては、、、。